シンプルに生きるということ

Simplify Your Life
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このブログのタイトル Simple Living は、「シンプルに生きたい」という自分自身の思いから取っています。今回は、私がそう思うに至った経緯について書いてみたいと思います。

複雑という名のストレス

皆さんは以下の中でご自身に当てはまることはあるでしょうか。これらは実際にかつての自分が感じていたことや、取っていた行動です。

  • 雑然とした家の中でやらなければいけないことがいくつも思い浮かび、優先順位をつけられなくなる。
  • iPhone に機能が重複しているアプリを何本もインストールする。
  • 気になる本を何冊も買い込み、どれも読まなければいけないと思いつつ、結局読みきれない。
  • ティッシュペーパーのような日用品を買う時でさえ、いくつものスーパーやネット通販の値段を見比べてしまう。
  • 複数のクレジットカードを持ち、最も還元率が高くなるよう、店舗によって使い分けようとする。
  • あらゆる問題に対して、ベターな結果ではなくベストの結果を出そうとしてオーバーワークに陥る。

などなど…。私にはもともと、複数の物事を同時に抱え込み、しかもそれぞれの物事を難しくとらえてアプローチしようとする傾向がありました。

言ってみれば、自分で自分に「複雑」という名のストレスを与えているような状況だったのです。

ストレスの行方

日々の仕事だけでも精一杯なのに、私生活においてもこのような姿勢でいれば、当然ながら心身は休まりません。

そうしたストレスが大きくなっていった結果、その当時の私は実際に体調を崩し、病気で仕事を休職する事態にも直面しました。

長期の休職という初めての経験。それは少なからずショックでしたが、一方で、それまでの自分の生き方をゆっくりと問い直す時間にもなりました。

「自分には何か根本的に変えなければいけない部分がある」。そう思ってさまざまな本を読みあさっていた時に出会った一冊が、 『道は開ける』(デール・カーネギー、創元社) でした。

一度に一つ

『道は開ける』は、現代人を取り巻く「悩み」にどう対処するかを説いた古典です。その中に、次の一節がありました。

われわれには一度に一つのことしかできないし、砂時計の砂がくびれた部分を通るように、ゆっくりと、一定の速度で仕事を片づけるしか手はない。(P. 32)

以前の自分が取ろうとしていたのは、まさにこれに逆行する行動でした。一度に複数のことを手がけ、それらを早く、あるいは複雑な手段を講じて完璧にこなそうとする。ストレスが絶えないのは当然の帰結でした。

人間にできるのは一度に一つのことだけ、それもゆっくりとしかできない、そう思った時にすっと肩の力が抜け、「シンプルに生きよう」という考えが芽生えてきました。

シンプルな思考

物事をシンプルにとらえよう、と心構えを修正していってみると、かつての自分自身の感情や行動には、いくつものおかしな点があったことに気づいていきました。

たとえば家の中のこと。物が多すぎて、とても片付けきれない。でも、そもそも要らない物、現に使っていない物があまりにも多いんじゃないか。ある物全部を整理しようとしないで、まずは本当に必要な物を選んだらどうだろう。そして今すぐすべての部屋をきれいにはできなくても、1番自分と子どもたちが過ごす時間の長いリビングだけでも、とりあえずきれいにできればいいんじゃないか。

iPhone に似たようなアプリがいくつも入っているけど、実際にはそれほど使っていないアプリが多いんじゃないか。毎日使っているアプリ、本当に愛用しているアプリの数は決して多くはない。自分で管理できる範囲をオーバーしているんじゃないか。

同じような物であれば少しでも安く買えるに越したことはない。でも数百円の節約のために膨大な手前と時間を費やしているんじゃないか。買い物をする店を1つに決めてしまえば、少しぐらい高づかみすることになったとしても、店選びの苦労は省くことができるはずだ。

こういった具合です。少し考えただけでも、ストレスを減らすために自分自身でできることは、意外にも多くあったのです。

「シンプルに生きる」を指針に

それ以来、私は物事に対処する際は、できる限り「どうすればシンプルにできるか」を判断の基準に置くようにしています。

シンプルにすることとは、言ってみれば自分の身の周りの状況を、自分でコントロールできる程度に制限することだと思います。

生きている限り、自分ではコントロールできない物事が次から次へと自分の身に降りかかってきます。問題解決に向けて動くにしろ、あるいは流すにしろ、いずれにしても何らかの対処を迫られます。自分の限られたキャパシティの中で、外から押し寄せてくる「変えられないこと」に対応しなければいけません。

であればこそ、せめて自分の手の届く範囲、自分の手で「変えられること」に関しては、自分でコントロールできる程度に制限しておいた方が自分をすり減らさずに済むのではないかと思います。

もちろん、虫の目で見てみれば、シンプルにすることによって失う物も数多くあるとは思います。ですが、その代わりにストレスがいくぶんかでも和らぎ、鳥の目で見た時に自分なりのバランスが取れているようになれるのであれば、それはそれでいいのではないか、そんな風に感じています。

2 thoughts on “シンプルに生きるということ

  1. まりも

    うんうん。凄く納得しました。本当にその通り。すべてを完璧にこなそうとは思わずに、まず出来る事から一歩ずつ大事に歩いて行こうと思って生活しています。
    シンプルに生きる事。すごく難しいけれど、自分の中での優先順位を改めて考えるきっかけになりそうです。
    それさえ出来れば自分の人生に余裕ができそう。
    そして改めて自分の人生を自分で豊かに出来そうですね。♪( ´▽`)

    Reply
    1. hirose Post author

      まりもさん、ご感想ありがとうございます。

      私もこうした経験を通じて、大上段に構えず、自分にできることを一歩ずつ地道に進めていこうと思えるようになりました。

      時間もエネルギーも限りがありますから、何が自分にとって大切なことなのかをその都度考え、少しずつでも自分の人生を豊かにしていければ、と思ってます。

      お互い頑張りましょう!いつもコメントありがとうございます♬

      Reply

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