Twitter という名の学校

Front View of Twitter Bird on Branch
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自分が Twitter にアカウントを開設してから4ヶ月が経ちました。世間の人より相当遅いスタートで、今でも使いこなせている実感はまるでありません。ですが、「Twitter の世界は学校のようなところなのだな」という感覚だけは分かってきました。

多種多様な呟き

Twitter を始めてさまざまな人のツイートを眺めていてまず感じたのは、ネット上とはいえ Twitter の世界は社会そのものなのだということでした。

呟きの内容から口調、文字数、頻度まで、人によって大きく違います。ごくごく個人的な呟きもあれば、呟きというよりニュース性のある話題の共有を目的にしているツイートもあります。真面目な呟きが多い人も、面白い呟きが多い人もいます。

始めてみるまでは日常の出来事や感じたこと、思ったことを140字以内で書くもの、としか考えていませんでした。ですが、Twitter をやっている理由も目的も人それぞれで、その人その人の好きなやり方、合ったやり方というのがあるのだと、段々分かってきました。

言ってみれば、自分が暮らしているリアルな世界と何も変わらない社会が、ネット上に同じように存在しているということだと思います。考えてみれば当たり前のことかもしれません。

学校と思う理由

大勢の人をフォローしてそのままタイムラインを眺めていれば、怒涛のごとく押し寄せては流れていくツイートの波が、まさに社会そのものに近付いていくようにも思えます。

ですが、フォローする人数にしろ、どのような人をフォローするかにしろ、リストの機能にしろ、ある程度自分の趣味嗜好に従って制限をかけられるという点で、Twitter の実際は学校のようなところだと思えてきました。

自分の感覚では、同じ地域に住んでいる子どもたちが集まる小中学校や高校というよりも、全国から学生が集まる大学の雰囲気が近いように思います。興味や関心の近い人同士でグループになっていくところも、ゼミやサークル、あるいはそれ以外のきっかけで知り合った友人の輪に似ている感じがします。

教え合い、支え合う感覚

もう1つ、学校の友人関係と Twitter の世界が似ていると感じる理由があります。それはユーザーが思い思いに自分の好きなことを呟きつつ、呟いているうちに自然と交流が生まれ、よくやりとりする人、仲の良い人が見つかってくるという面です。

私は Apple 好きな人や、ブログを運営されている人を中心にフォローしています。どちらかと言えば自分は教えていただくことが多いのですが、お互いに知らないことをさりげなく教え合える Twitter の空気感を、心地よく感じます。

また、趣味嗜好が共通しているわけでなくても、何となく肌が合って気軽に日常的なやりとりをするような人も出てきます。少し気分が落ち込んでいる時などに、そうしたささいなやりとりが気持ちを支えてくれることもあると思います。

今後

私自身はリプライを書くことは多いものの、気づいたら通常のツイートはしばらくしてなかった、ということもよくあります。

リストもうまく使いこなせていないので、フォロー数が100を超えた辺りからタイムラインも満足にたどれず、試行錯誤しています。

でも迷ったら、Twitter は学校のようなものという感覚を思い出そうと考えています。自分が実際に学生時代に築いていたような交流の規模が、Twitter の中でも自分が無理なくやっていける規模なのではないか、と思っています。

2 thoughts on “Twitter という名の学校

  1. まりも

    確かに。Twitterって社会の凝縮だな、と思うことがありますねー。
    匿名の人なのに、自然に仲良くなったり、肌が合わなかったり、騙されたり、教えてもらったり教えたり。
    本音が出せる分、気を許してしまいがちですが、あくまで世界中に発信されてるということを忘れずに楽しんでいきたいなと思います。

    Reply
    1. hirose Post author

      まりもさん、ありがとうございます。たしかに Twitter でのツイートは基本的に公開なので、大学にたとえればキャンパスで会話してるようなものかな、と思います。他の人にも聞こえますし、だからこそ節度と思いやりを持って、自分も楽しんでいきたいと思っています(*^^*)

      Reply

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