100記事目なのでブログを書く意味を自分なりに考察する

photo credit: Klardrommar via photopin cc
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おかげさまでこのブログは今日でちょうど初投稿から7ヶ月、そしてこの記事で通算100記事目を迎えました。せっかくなので、今回は文章を書き続けることの意味、そして表現の場をブログに求めることの意味について、自分なりに考えてみます。

目次

  1. 自由な場所としてのブログ
  2. つながれる場所としてのブログ
  3. 興味を持ってくれる人に向けて書けるうれしさ
  4. 自由と責任
  5. 書くことの意味
  6. 書く力は書き続けることでしか上達しない

1. 自由な場所としてのブログ

自分にとってブログとは何かと聞かれれば、今、頭に思い浮かぶのは「ブログは圧倒的なまでに自由な場所である」ということです。日々の記事はすべて自分が書きたくて書いている記事。好きで書いている記事。およそ義務感とは無縁の場所です。法に触れたり、人を傷つけることを目的にしたりしない限り、自分が表現したいことを思いのままに表現することができる空間です。

2. つながれる場所としてのブログ

そしてもう1つは「人とつながれる場所である」ということ。ブログを始めたことで、それまでならきっと会うことはなかっただろう方々と、実際に交流を持つことが可能になりました。

何かのきっかけでブログを訪れてくださって、コメントを通じてやりとりした人。Twitter や Facebook でつながった人。このブログを運営するために使っている WordPress の勉強会を通じて知り合った人。ブログを始めていなければ、接点のなかったはずの方たちです。そして、旧友をはじめとした普段なかなか会えない知人ともブログを通じてやりとりすることができています。

3. 興味を持ってくれる人に向けて書けるうれしさ

ブログを始めたことで知り合えた方の多くは、興味・関心の方向性が自分と重なる人たちです。RSS や SNS、または検索経由で記事を読みに来てくださっている方も、興味・関心の共通項があるからこそそうした行動を取ってくださるのだと思います。

興味を持ってくれる人に向けて自分の好きなことを発信できる。これって、身の回りの人間関係だけでは決して体験できない幸せなことですよね。私がブログに書いているテーマは iPhone や Mac のことだったり、WordPress のことだったり、シングルファザーとしての家事や育児のことだったりします。

そのいずれも、普段の人間関係の中でこちらから「聞いてよ、聞いてよ」と言って話し始める類いの話題ではありません。もちろん聞きたいと思ってくれる人には話しますし、興味・関心を同じくする人もいるにはいますが、数としては多くありません。やっぱり人間ですから、自分の話したいことを興味を持って聞いてくれる人がいるのはうれしいことです。自分にとってはこのブログがそんな場所になってくれています。

4. 自由と責任

ブログは記事のテーマも、文章の構成も、1つ1つの言葉の表現も、すべてを自分で自由に決められる一方で、その分、大きな責任もまた伴います。私は企業の中で物書き的な仕事をしているのでとりわけそう感じるのですが、そういった仕事ではなくても、業務の上で書類を作成した時にはきっと何重ものチェックを受けますよね。必要に応じて表現を修正したり、全面的に書き直したりすることもあると思います。ブログではそれがすべて自分に委ねられるわけですので、自分で責任を引き受けなければいけなくなります。

自分が記事を書く時や、記事を公開する直前に心がけていることをいくつか紹介します。と言っても、あまりぎちぎちに考えると楽しくなくなってしまうので、そこは肩の力を抜いて取り組んでいます。

  • 事実関係の誤りがないかを可能な限り検証する
  • 誤字脱字がないよう、iPhone と Mac それぞれでプレビューして記事を見返す
  • 記事に貼り付けたリンクを自分でクリックし、正常に機能するか確認する
  • 他のサイトの記事を参考にした時はきちんと出典を明記する
  • 記事の内容が古くなって不正確な情報になった時は分かり次第、追記する

5. 書くことの意味

気持ちを汲み取ってもらう、というケースを抜きにすれば、人が人に自分の思いや考えを伝える手段は基本的に、書くか、話すかのどちらかしかありません。ブログの場合は前者です。

たとえ客観的な事実を淡々と説明する記事であったとしても、書くことと省くことの選別、全体の構成、使う語彙など、表現のすべてに書き手の個性が反映されます。書くこととは、結局のところ自分を表現することに他なりません。自分自身を表現し、同時に自分の伝えたいことを表現する。その時点での自分を記録し、人に見てもらったり、自分自身で後から振り返ってみたりする。そうして自分を成長させる。それが書くことの意味かなあ、と感じます。

そういう意味で言えば、書き続けることとは、自分を成長させ続けることなのだと思います。

6. 書く力は書き続けることでしか上達しない

小説に代表される、いわゆる名文や美文といったものはかなり才能に左右される部分がありますし、自分も全く書けません。ただ、読みやすい記事、分かりやすい記事については、練習というか、経験によって補える部分が相当あるというのが、これまでの仕事を通じた自分の実感です。

一概にブログと結びつけるわけにはいかないかもしれませんが、仕事上では自分がそれなりに一人前の文章を書けるようになったと思えるまで、5年はかかりました。おそらく量にするとブログ記事1,000本分ぐらいです(笑)

そう考えると、今回達成できた100記事というのは本当に小さな小さな一歩です。これまでに書いてきた記事の中にも、ブログの記事として稚拙な点が多々あります。でも、その1つ1つが後から振り返ってみれば、記事を書く力が上達したことの証になるのだと思います。

記事を書かないことには書く力は上達しません。ブログを始めた頃は100記事ってすごく多いように思えましたが、実際にはあっという間でした。上達を目指してこれからも書き続けます。そして、いつもこのブログの記事に付き合ってくださっている皆さん、本当にありがとうございます!

4 thoughts on “100記事目なのでブログを書く意味を自分なりに考察する

  1. pondad

    ブログエントリー100おめでとうございます*\(^o^)/*いつもきっちりした文章で100回書き切るのは凄い事です。今後も楽しみにしています。目指せ1000エントリー(^-^)/

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    1. hirose Post author

      PonDad さん、ありがとうございまーす!わーい、褒められたー*\(^o^)/* 1000記事目指してこれからも頑張りますー!!

      Reply
  2. クレーマー&クレーマー

    >これまでに書いてきた記事の中にも、ブログの記事として稚拙な点が多々あります。でも、その1つ1つが後から振り返ってみれば、記事を書く力が上達したことの証になるのだと思います。

    同感です!!

    私も過去の記事を読み返すたびにそのことを痛感します。まさに書くことによって自分を見つめ直すことができ、それはとりもなおさず自分を成長させるために欠かせないことだと思います。

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    1. hirose Post author

      コメントありがとうございます!書くことによって自分を見つめ直し、成長させる。同感です。書くことは自分と向き合うことですものね。

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